yukari616また、会える日まで

25歳で亡くなった娘と共に歩んだ道

鹿児島旅行

2泊3日で、鹿児島に行って来た。


今年の大河ドラマの舞台を見に行くことと、知覧の特攻隊平和祈念館に行くことが目的だった。


娘は、戦争に興味を持っていて、亡くなる1年前に、広島の原爆ドームと記念館を訪れていた。理不尽に失われる命に、心を痛めていた。


今回、記念館を訪れることは、必然だった。


叔父の兄という人が、特攻隊員であったことは知っていた。遺書も写真も見たことはある。


記念館に入ると、当時の資料や写真、家族に宛てた手紙などがあり、心が締め付けられる思いがした。国のために若い命が空に散っていったこと、出撃前の事を思い、涙が止まらなかった。


娘と伯父は、あの世で再会して、私たちをここに導いてくれたのだろう。


伯父の資料を、会館に送らせていただくことが私の役目だったのだろう。


出撃した場所を聞いて、驚いてしまった。


前日に泊まったところだった。


戦争が終わり、73年。多くの人々の犠牲の上に今の平和なくらしがあることを、忘れてはいけない。


いつの時代も、若い人の死は本当に辛い。


生かされている私たちは、亡くなっていった人の分まで真剣に生きなくてはいけないのではないか?


そんなことを、少しだけ思った旅だった。